都電の車窓から

都内で唯一残された都電…「荒川線」。 家々が立ち並ぶ中を走るその姿は、 現代に残された下町そのままの形です…。 都電から見える景色・その周辺の街並み…。 それらを通して「下町・荒川」を知っていただきたい。 そんな思いでご紹介させていただく、フォトギャラリーです。


乗り換えて北へ

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2008年に開業した日暮里・舎人ライナー(にっぽり・とねりライナー)。
それまで荒川を超えた足立区から北の地域への足は都営バスしかありませんでした。

都電と舎人ライナーは熊野前停留所で接続し、JR日暮里駅から足立区の北端舎人までを結ぶ、貴重な北部への通勤・通学手段になっています。

この路線のすごいのは何といっても開業までに要した時間
計画が昭和60年から足掛け20年近く経っているところ。

建設の経緯

最寄りの東武伊勢崎線・大師線やJR京浜東北線東京地下鉄南北線から遠く、東京23区内の他地域と比べて鉄道系公共交通の便が良くなかった足立区西部の谷在家(やざいけ)・舎人(とねり)地区とJR山手線の駅を結ぶために、1985年(昭和60年)7月の運輸政策審議会答申第7号「東京都における都市高速鉄道を中心とする交通網の整備に関する基本計画について」で建設路線として位置付けられたものである。このため、当初は地下鉄7号線(現在の南北線)の一部として計画されていたが、財政問題や採算性などから尾久橋通り上の新交通システムに変更された。通勤時の渋滞により定時運行のできない路線バスに代わる新しい交通機関として、期待があった。
新交通システムに変更された後も、財政状況などから軌道事業特許は1995年(平成7年)、工事施行認可は1997年(平成9年)と大幅に遅れた。そのため、事業主体の決定や荒川区側の用地買収に時間がかかったこともあり、開業は当初計画されていた1999年(平成11年)度から2002年(平成14年)度、さらに2008年(平成20年)3月30日と、2度にわたって延期されている。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%88%8E%E4%BA%BA%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%8A%E3%83%BC

開業から早3年。
車体やダイヤも改良され、今まであまり馴染みのなかった舎人や谷在家などにも足を延ばしてみることが多くなりました。

写真はそんな舎人ライナー熊野前駅の路線図から。

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舎人ライナー赤土小学校前徒歩5分
そば処 金生庵